【アジア通貨危機 とは】 分かりやすく解説

【アジア通貨危機 とは】 分かりやすく解説

現時点で未知のウィルス、『新型コロナ』は世界中に蔓延し、経済も足元から崩れ始めています。今後、世界恐慌に陥る可能性は非常に高く、今はひたすら『コロナ』の終息を願うばかりです。

今回は過去にあった未曾有の経済危機、『アジア通貨危機』について深堀したいと思います。

アジア通貨危機、分かりやすく
アジア通貨危機とはタイを発端とした金融危機

『アジア通貨危機』とは

『アジア通貨危機』とは、1997年に『タイ』を発端とし、アジア全土を巻き込んだ大きな金融危機の事を指します。

『アジア通貨危機』は、1997年7月2日に投機筋による『タイ・バーツ売り』が大量に押し寄せ、これに屈した『タイ』が固定相場制を放棄します。

これをキッカケにインドネシア、マレーシア、韓国と飛び火し、急速な資本流出と通貨暴落を招きます。

20世紀も終わりに近づいた時期に起こった『アジア通貨危機』ですが、過去に途上国や新興国が経験した金融危機の中では最大となり、アジア域内から大量の資本が流出し、後に重大な経済危機をもたらせることになります。

また『アジア通貨危機』に関係した各国の対応も遅れ、金融政策が正常に働かなかった事も一因とされています。

 


アジア通貨危機』の流れ

『アジア通貨危機』以前、1990年代におけるアジア経済は順調であり、『ファンダメンタルズ』への楽観的見通しもあった事から、先進国からの資金流入がアジア諸国へ大量に流れていました。

この時、アジア諸国の大半が事実上の『固定相場制』を採用し、為替変動リスクが過小評価される傾向にありました。

アジア諸国は資本規制の自由化を始め、国内における長期設備投資資金を海外からの資金で調達を始めます。

これらの多くは短期ドル建て債務であり、期間と為替の両方で不均等が生じ、更には1995年以降のドル高(アメリカに依るドル高政策)の影響で、ドルペッグ制のアジア通貨を実効レートで割高とし、多くの関連国の経常収支は赤字基調で推移していきます。

ここに着目したのが欧米の『ヘッジファンド』を含む投機筋です。

先ず『通貨』の『空売り』が大量に仕掛けられ、1997年後半から1998年にかけ、『タイバーツ売り』を発端とした『アジア通貨危機』が始まります。

日本やアメリカなどの株式市場も、連鎖反応で一時急落したのは皆さんもご周知の通りです。

アジア通貨危機、分かりやすく
アジア通貨危機は連鎖で関係国をも巻き込む

『アジア通貨危機』による他国への影響

前述した通り『アジア通貨危機』とは、1997年7月に起こった『タイバーツ』の暴落を発端に、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国等、アジア諸国を巻き込む一連の通貨暴落の危機の事を言います。

この時、アジア諸国の多くが欧米の投機筋による自国通貨の大幅な下落圧力(減価)にさらされ、事実上、対アメリカドルの固定相場制の放棄を余儀なくされます。

その結果、為替レートが急激に下降し始めアジア経済が危機的状況となります。

この中でも『タイ』と『インドネシア』や『韓国』は、通貨暴落とは別に対外債務の返済不能にも陥り、金融システムの崩及び巨額の不良債権発生、また景気の後退などもあり経済に大きな痛手を負います。

その結果、最終的に『IMF』の管理下となってしまいます。

当時の日本への影響は『バブル崩壊』による不良債権に加え、アジア向け融資の回収が滞ります。

また『緊縮財政』と言う悪い条件が重なり、『アジア通貨危機』の一つの要因とまで言われています。

『アジア通貨危機』による関連国の株価の下落幅(1997年6月末から約半年の間)
  • インドネシア・ルピア/81%下落
  • タイ・バーツ/56%下落
  • 韓国ウォン/55%下落
  • マレーシア・リンギ/46%下落
  • フィリピン・ペソ/42%下落
『アジア通貨危機』による各国の実質経済成長率
  • タイ/-10.8%
  • インドネシア/-13.1%
  • マレーシア/-7.4%
  • 韓国/-5.5%
アジア通貨危機、分かりやすく
アジア通貨危機の終焉

『アジア通貨危機』への対応策

『アジア通貨危機』への対応策として、『国際通貨基金(IMF)』は『タイ』に続き『インドネシア』、『韓国』に対し支援策を実施します。

これは経常収支と財政収支の改善、またインフレの抑制や金融の引き締め、更には外貨準備の積み増しや金融改革の実施、『高金利・緊縮財政』を基本とする構造調整プログラムの事を指します。

これらのアジア諸国では、急激な大量の資本流出により外貨準備も不足し、短期的な国際流動性が枯渇する危機を収拾することが結局できませんでした。

最終的に『IMF』や『世界銀行』、また『アジア開発銀行』が国際機関に働きを掛け、協調融資により終息へと向かいます。

この『アジア通貨危機』を機会に、『IMF』を補完する地域金融協力体制の必要性が再認識され、後に『チェンマイ・イニシアティブ』が構築される運びとなる訳です。

 


『アジア通貨危機』のマトメと関連年表

1997年、『タイ』を皮切りに起こった『アジア通貨危機』は、他のアジア諸国を巻き込んだ大きな金融危機に陥ります。

その結果、世界中の投資家達に新興国市場への不信感を増大させる事に繋がり、質への逃避を促す結果となります。

また『アジア通貨危機』がキッカケとなり、翌年の1998年に起こる『ロシア危機』や『ブラジル危機』と、負の連鎖が世界に広がる結果となるのです。

『関連年表』
  • 1997年05月〜ヘッジファンドを含む投機筋がバーツを大量に空売りし始める。これに対しタイ中銀は対抗策をとり始める。
  • 1997年07月〜タイは空売り攻勢に敗れ、変動相場制に移行。他のアジア諸国もタイ同様に空売り攻勢が仕掛けられます。
  • 1997年08月〜インドネシアが空売り攻勢に敗れ、変動相場制に移行。
  • 1997年10月〜『アジア通貨危機』は香港や韓国に飛び火。
  • 1997年11月〜韓国では財閥の連続倒産が起こり、ウォンが暴落。
  • 1998年01月〜12月下旬から翌1月にかけ、各通貨の下落は底を打つ。
  • 1998年08月〜ロシアのルーブルが暴落開始、通貨を切り下げます。

 

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