プラザ合意の概要
日時・場所: 1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテル
参加国: 先進5か国(G5:アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、日本)の財務相および中央銀行総裁
合意の内容: 行き過ぎた「ドル高」を是正するため、各国の通貨当局が外国為替市場で協調介入を行うという取り決め。
なぜ合意が必要だったのか?(背景)
当時のアメリカはロナルド・レーガン政権下で深刻な「2つの赤字(※財政赤字と貿易赤字)」に苦しんでいました。
インフレ抑制策: 1970年代のインフレを抑制するため、当時のFRB議長ポール・ボルカーは強力な金融引き締め(高金利政策)を実施。
異常なドル高: 金利の高いドルに世界中から資金が集中し、猛烈なドル高が進行。
米国内産業の打撃: ドル高によりアメリカの輸出産業(特に製造業)の競争力が低下し、対日貿易赤字が急増。
この危機的状況を打破するため、アメリカは力技とも言える「為替レートの意図的な切り下げ」を主導し、G5各国にそれを飲ませたのがプラザ合意です。
市場の反応と凄まじいボラティリティ
この合意が発表された直後から、外国為替市場では歴史的な大相場が発生しました。
各国の猛烈なドル売り・自国通貨買いの協調介入により、チャートは垂直落下を描きます。
ドル円(USD/JPY)の暴落: 合意前日には1ドル=約240円だったレートが、わずか1日で約20円も急落。その後も強烈なダウントレンドは止まらず、約1年後には1ドル=150円台まで暴落(円から見れば急騰)。
テクニカルの効かないチャート: 過去のレジスタンスやサポートが全く機能しないほどのファンダメンタルズ的要因。相場における国家の意思の恐ろしさを市場参加者に刻み込んだ事例です。


